【インタビュー】- 豊田通商ヨーロッパ社・メッサー社の合弁会社SympH2ony社設立~水素モビリティ事業に向けたパートナーシップ

水素社会への実現に向けて、2024年にFRMを本拠地とした、産業ガス製造大手のメッサー社と豊田通商ヨーロッパ社との合弁会社「SympH2ony」社が、フランクフルト市近郊のBad Soden市に設立されました。それにちなんでこの度、豊田通商ヨーロッパ社ドイツ支店でネクストモビリティ部門のヘッドとして、ドイツをベースにヨーロッパでご活躍の山中様にインタビューを行わせて頂きました。

(インタビュー・執筆:2025年5月、トップのイラストは生成AIにより作成されたイメージです)

インタビューの内容
共通した「長期目線」の価値観がつなぐ日独パートナーシップ
「ゼロ」から始まるドイツでのビジネスチャンス
ドイツ・ヨーロッパの水素市場のポテンシャルをどう見るか
競争より共創─クラスターの活用
課題を解決するSympH2ony社の強み
水素社会はいつ来る?─今後の挑戦と社名に込められた、水素事業への想い

当地FRM地域を本拠地とするドイツ企業と合弁を設立されたこと、大変嬉しく思います。特に次世代産業となると、他社との戦略的なパートナーシップがキーとなると言われております。どのようにして、今回の合弁設立に至ったのでしょうか。

まず、メッサー社と会話を始めたのは4年ぐらい前からです。メッサー社とは、人の繋がりでスタートしました。もともと私の前任者が居る時の話ですが、とあるコンベンションで、弊社のメンバーがメッサー社と出会ったのがきっかけでした。そこから話が盛り上がって、一緒にやろうということになりました。

メッサー社は125年以上の歴史がある会社です。ファミリー企業であり、そのオーナーは、とても強い信念をもって長期目線で事業に取り組まれていて、水素にもかなり昔から取り組まれています。弊社も、トヨタグループとして水素社会の実現に長期的に取り組むという強い思いがあって、長期目線で実現に向けて動くというところも互いに親和性があると感じています。

メッサー社はとても雰囲気の良い会社で、お付き合いしていても非常に信頼できます。トップ同士も会うたびに関係を深めており、会社としてのシンパシーも感じられるとても良いパートナーだと思っております。

ドイツでビジネスパートナーを探す際に、今まで全く関係のなかった会社にアプローチをしていくというのは簡単ではないように思いますが、どのようにお考えですか。

関係がないからこそアプローチするものですよね。ファーストコンタクトは難しくはないと思います。そこで会話を積み上げていって、お互いメリットがあれば一緒にやりましょう、ということになると思います。特に水素分野は、競争というよりまだ一緒に環境をつくっていく段階で、お互い頑張るタイミングなので、我々もプロジェクトの中で色々な方たちと会話をさせてもらっています。事業やプロジェクトによっては、ひょっとしたら将来はコンペティターになるような方と、今は一緒に話をしています。なので、きっかけは何であれ、アプローチしていくことは良いことだと思います。

それに垣根ということで言うと、ヨーロッパは意外に低いのではと思います。それまで全く関係のない相手でも、是々非々で話を聞いてくれるので、オープンだと感じています。

また、ヨーロッパはアライアンス文化のエリアなので、まずはニュートラルに聞いてくれます。ドイツの企業に関して言うと、気質的に日本と合うところが多いと感じます。コンセプトに終始するのではなく、地に足のついた話が出きるので、会話がしやすいと思います。ドイツ語でコミュニケーションができればより深く話ができると思います。私は英語でもビジネスができるという状況に甘えてしまっており、その点はメンバーに頼っていますが…(笑)

ヨーロッパは今まで駐在されたことがございますか。山中さんのご経歴を少しお伺いさせててください。

ヨーロッパは今回のドイツが初めてです。豊田通商に入社して30年近くたちますが、最初は自動車関係の金属の営業を経て、IT部署が作られる際にそちらに異動し、ITでの駐在としてアメリカに行きました。その当時はシステム関係でインフラを整えたり、ソフトの導入などをしていました。帰国後しばらくして、電磁鋼板という変圧器に使われる金属製品の営業を担当しました。その仕事の関係で、メキシコで会社を経営させていただいて、戻ってくる時に今のネクストモビリティ部署が設立され、異動になりました。2017年のことです。

ネクストモビリティの部署では、純粋な新規事業の立ち上げと、ネクストモビリティと同時に設立された社内ファンドのマネージャーをやらせていただいていました。その後、ヨーロッパの前任の駐在員が帰るタイミングで、交代で来ました。今回は水素のお話がメインでしたが、私のところでは水素の他に、自動車から出るバッテリーのリユースに注力して取り組んでいます。

山中さんの目からみた、ドイツの水素市場のポテンシャルはいかがですか。

ヨーロッパは補助金の枠組みや規制作りが早いので、市場として先行していると感じています。中でもドイツは物流の要所であり、水素を活用した公共バスの導入も進んでいます。今後活用できる車両や水素ステーションが充実し、より幅広い用途が生まれ、水素社会の実現ができる地域だと大きな期待をしています。

今後のビジネスの狙い、ヨーロッパの戦略は?

今後の展望としては、実際に見えるものを作るというのが最優先ですね。水素の活用に興味を持っていただける企業や自治体はたくさんありますが、具体的な話になると難色を示されるケースが多々あります。その一つの理由はイメージがわかないからだと思います。実際に動いている姿、そこに関わる人の声、そういったものが無いとコンセプトだけでは未知の技術の実装に踏み出すことが難しいのだと思います。SympH2onyとして、一つずつ事業を動かして皆さんに知って頂き、広げていきたいと思っています。

色々な関係者との協力が必要とのことですが、関係者全体で話し合いをする場、というのはございますか。

ありますよ。例えば、今色々な所でHydrogen Valleyといったような集まりがあって、どうしたら水素が普及するのかという話を皆でしています。ただもちろん、あまり立ち入ったコマーシャルな話はNGとして、活発な意見交換ができるように運営されています。

それが、いわゆる「クラスター」ということになろうかと思いますが、それもうまく活用していらっしゃる様に思います。先の質問で、ドイツ人とビジネスを進めていく上での類似点をお伺いしたことに関連するかもしれませんが、クラスター活用のポイントをお聞かせいただけますか。

やりたいことが明確だったら、入ること自体は難しくないと思います。どういうポジションで何をしたいのかが伝えられれば、そのような場に行って、その関係の人たちと普通に話ができると思います。弊社のメンバーもそうですが、コンベンションとか、いろんな集まりに行って、そこで何を見つけてくるかを明確にするのがポイントですよね。

自分たちが何をしたいのか、何を知りたいのか、というのがあると、話し相手は決まってくると思います。

我々はこのようなモノを持っているけれど興味はありますか、というやり方だと、よほど珍しかったり刺さったりするものではない限り、ショートプレゼンテーションでは分かってもらいにくいですよね。小さなきっかけを見つけていこうと思うなら、自分たちの持っているもの、やりたい事を明確にして、関係ある所に直接自分が接点を持っていけばいいと思います。もしくは、我々のような商社にご相談頂ければ幸いです。(笑)

実際にはどのような話し合いがされていますか。

水素関連の話題としては、先方が価格の話から入る傾向にあります。水素の価格は?モビリティの価格は?という話から、コストアップになってもその差を顧客には請求できないなど、難しさの話に終始しがちです。そのため、こちらからは何が必要かという点からお聞きするようにしています。その上で、難しさも含め現状を整理して、クリアするポイントを会話するように努めています。

我々は今、水素の製造と供給に、モビリティをセットにしたパッケージを提供しようとしています。例えば、どこかの都市の方が水素バスを導入したい時に、水素ステーションを先に用意しなきゃいけないのか、バスを買わなきゃいけないのか、どうすればいいか分からないことも多いと思います。そのような所をお話させていただいて、我々が全部セットでご提供します。最初の契約をしていただければ、安心してその範囲でオペレーションが回るようにご提案をさせて頂きます。水素の供給だけであれば、産業ガス会社であるメッサー社だけでもできますが、そこにモビリティをつけてセットでご提案できるというのは、SympH2onyの価値だと考えています。

ベストケースとしては、水素を€/㎏で払っていただくのではなく、バスが走った距離で、水素も含めて€/kmでご提供するモデルをご用意しています。このモデルであれば、バスを買って、水素ステーションを用意して…などと、最初に多額の投資をしなくて済みます。長期の契約はさせて頂くのですが、CAPEXではなく、OPEXで導入ができるのは、お客様にとってメリットのある選択肢だと考えております。

課題としては、まだまだご提供できるモビリティの種類に限りがあることですね。例えば、中長距離を走ることで、水素の良さが出てくると思いますが、そこに求められる大型トラックの水素モデルは限られています。大手OEMが動くにはまだ市場規模が十分でなく、もう少し時間がかかりそうです。そのため、中小規模でコンバージョンを行うような会社と連携して、ご提案をさせて頂いております。

モビリティの数はまだ充分に足りていないとのことでした。今後の展望として、水素社会もしくは水素燃料電池車が一般的に普及し始めるのは、いつ頃だと、山中さんはお考えになりますか。

凄い質問ですね、それが分かる人がいたら…(笑)。
よく電気か水素かというお話しがありますが、我々トヨタグループ全体で言うと、どちらかだけの技術に限るつもりはありません。トヨタさんが「マルチパスウェイ」を目指されているように、色々なものがあっていいと思います。もちろん、ガソリンやディーゼルはこれから減っていきますが、電気のところもあれば、水素のところがあってもいいと思います。それで、良いところを生かせば良いので。そういった意味で、選択肢として水素が活用される時が、できるだけ早く来て欲しいと願います。欧州では2030年から大型車のCO2排出基準が段階的に厳格化されるので、だいぶ雰囲気が変わると思います。それに向けて2028~30年ぐらいから、商品がもっと出てくるのではないかと思います。今計画を始めても稼働が安定するまで数年かかることを考えると、2030年までのあと5年は、すぐだと思います。

では、とても良いタイミングで合弁会社を設立されたということですね。
最後に、社名に込められた想いをお聞かせください。

色々なアイディアはありましたが、皆さんに分かってもらいやすいという所で、「シンフォニー」が候補に出て、そこに「H2」を含めました。一つは、産業ガスで経験を積んでこられたメッサー社と、モビリティで経験を積んできた豊田通商の「シンフォニー」という思い、2つ目として、会社のロゴが青と緑色で、水素の青と、カーボンニュートラルの緑色を意味しているのですが、この水素とカーボンニュートラルの調和という意味での「シンフォニー」。3つ目に、ステークホルダー、地域社会やその関係者の方との「シンフォニー」という思いがあります。
(SympH2ony社ロゴ・SympH2ony社ご提供)

なるほど、御社名のとおり、調和のとれたカーボンニュートラルな社会の実現をとても楽しみにしております。そして、SympH2ony社様の今後の更なるご発展を祈念しております。